セガは,核なきフレアと称されていた。核たる星を持たぬまま,ただ周辺にフレアだけが舞い上がる。そんな,企業形態だった。ソフトウェアという,大量の高エネルギー粒子のプロミネンスが日々,巻き上がり続け,中心にエネルギーがない,そんな恒星に,明日がないのは,同然のこと,だったのだが。
ドリームキャストの製造中止を発表したセガ社は,ドリームキャストを3月1日から1万円値引き,9,900円にすることを明らかにした。今まで,プレイしたいソフトがあったがためらっていた,という人には,買いどきなのかもしれない。
実は,1万円の値引きというのは,絶対的な底値だった2万円の半額となり,小売店としては,仕入れ値さえもとれない金額だ。これはすでに投げ売り的な,あまりにも寂しい状況。ハード事業との断絶を思い知る慟哭に満ちている。セガが定めた道は,こんな大きな自己否定から始まる。実際にプレイしている人なら知っていることだが,今,世界において最高の水準を誇るドリームキャストのソフトウェアを知らしめる最終処分となる。が,国内のドリキャスの在庫は21万台しかなく(Mainichi INTERACTIVEの記事),さばけるのは時間の問題だ。あとには,期待をはぐらかされた発売予定ソフトが残ることになる。まったく,もったいないことだ。ソフトウェア開発者のやり切れない想いが,胸に痛い。
それはまるで,皆既日食で,太陽はすっぽり影に隠れて,その周りにひらめくフレアのようだった。ハードの不況の周囲で,あまりにも優秀なソフトウェアたちのプロミネンスが踊る。太陽はそして,20年の月日の果てに核を捨てて,フレアの輝きだけを残す。すでにそこには,太陽の神々しさはない。つまりは,そういうことなのだ。感傷は晴れる日が来るが,輝きを失った太陽は,もう太陽系の中心とはなりえない。たとえ,その選択が正しくとも(否,たぶん正しいのだろうが),それは20年かけたあとの明日ではなく,太陽系の中心から逃げ出した,なんの恩恵をも周囲にもたらさない,明日,なのだ。残念な,ことだが。
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